2025.10.4
旧登米高等尋常小学校(宮城県登米市)
三陸自動車道登米インターを降りて追分温泉に向かう道すがら出逢った木造校舎です。日を改めて訪問してきました。
旧登米高等尋常小学校(明治21年10月9日の竣工、現教育資料館)は、現在はみやぎの明治村(教育資料館)として活用されています。
なんとっても正面校舎中央にバルコニー式の玄関が突き出した木造二階建ての明治の学校建築の特色を十分に残し、洋風学校を代表する建築物として昭和56年(1981年)に重要文化財に指定されています。
教室の窓は両側にあり、当時大変貴重だった板硝子が使用されています。
この校舎の設計監督者、山添喜三郎(出身は優れた大工を多く輩出してきた新潟県西蒲原郡角海浜村、現在は新潟市)は日本の建築関係者の中で最初にヨーロッパに渡り、洋風建築を学んだ大工で、当校舎は山添の代表的建築の一つだそうです。
「PTAの歌」は昭和26年(1951)、毎日新聞、NHKの共催で募集され、宮城県牡鹿郡荻浜村(現・石巻市)出身の春日紅路の作品が選ばれ、古関裕而の作曲でレコード化(唄は藤山一郎、松田トシ)もされているそうです。こちらで聞けます。
なお、今回の旧登米高等尋常小学校訪問で一番の発見はワカメ・昆布養殖の父「大槻洋四郎」が、当地の偉人として紹介されていたことです。
小生もお手伝いさせていただいている海の森づくり推進協会のHPにも紹介しています。
2025.7.27
旧砺波市立出町小学校校舎
2001年に移転した砺波市立出町小学校の旧校舎を移転して「となみ散居村ミュージアム」の敷地内に「民具館」として開館。
出町小学校は1873年(明治6年)に「杉木小学校」として開校し、旧校舎は1958年に完成。
出町小学校の歴史についてはこちらに詳しくあります。
散居村(さんきょそん)については小学校の社会の時間に学び、以来興味を持っていました。砺波平野の散居村は国内最大級です。
しかし新聞配達とかは大変だなー。特に雪国だし。
ちなみに富山には「笽島」(そうけじま)という希少な苗字がありますが、この「笽」(竹で編んだ皿のような入れ物、誠にわかりやすいですね)は笊笥のことだそうです。
2025.5.16
山元町震災遺構-教訓に学んだ中浜小学校(宮城県山元町)
3.11、2011年の東日本大震災では各地で多くの学校の生徒教職員の犠牲者を出しました。
海に近い宮城県南部の亘理郡山元にある中浜小学校(1964年創立、2013年に内陸にある坂元小学校と統合され閉校)も津波などによる大きな被害を被りました。
しかしです。
歴史の教訓に学んでいたのですね。
いつか来ると予想される大震災、津波に備え、1974年に校庭土盛り工事が行われた他、1989年の校舎建設時にも敷地全体の2メートルほどのかさ上げが行われ、住民の避難用に外階段を3か所に設置、津波・高潮対策をしっかり施していていました。施設の改善に加え東北大震災前の幾つかの地震時においても、避難訓練の手順などを再確認しながら備えていたといいます。
結果として東日本大震災では屋上に避難した児童と教職員、保護者ら90人全員の命を守り抜きました。
人は忘れるものです。
東日本大震災でも繰り返し受けた津波被害を忘れたかのように海岸近くに住居を構え、石碑に刻まれた教訓がいつも間にか忘れられたりしています。「津波てんでんこ」という言葉による伝書もありますが、やはり忘れるものです。
忘れても、忘れられても、伝え受け継ぐ教訓とその対策の大切さを中浜小学校が示しています。
地震は天災ですが、戦争とう人災の場合はいかがでしょう?原発の事故も同様です。
同じように人はいつしか忘れるものです。
忘れないように努力はしていても時間の経過と、戦争の悲惨さより、戦争を遂行しようとする政治家たちにいつしか人びとは無警戒でなびいていきます。
忘れてはいけません。忘れさせてはなりません。天災も人災も。
日本弁護士連合会は2015年に参議院本会議において採決された安保法に対し、はっきり「立憲主義に反し憲法違反です」と明言しています。
「憲法第9条の解釈を変更し、これを踏まえて法律によって集団的自衛権の行使を容認することは、憲法の立憲主義の基本理念、恒久平和主義及び国民主権の基本原理に違反する」、「後方支援の拡大や武器使用の拡大等の立法も、自衛隊が海外において武力の行使に至る危険性を高めるものとして、同様に憲法に違反」と指摘し続けています。
安保法は平和安全法制の「我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律(いわゆる平和安全法制整備法)と「国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に関する法律(同じく国際平和支援法)のことで、単純に並んでる言葉から見ると平和で安全な国につながる法律のようで思わず国家権力が得意とする言葉のマジックに騙されそうで怖いですね。
日本に最高裁判所とは独立した憲法裁判所があったら、この法案は成立していたでしょうか?ドイツにはナチス時代の教訓を踏まえ、独立した憲法の番人としての憲法裁判所があります。日本にも内閣法制局という機関がありますが、法制的な面から内閣を”直接補佐する”機関とあり、補佐役は番人ではありません。
こうしていつしかまた新しい「戦前」が形成されていくのです。
1933年(昭和8年)建築の2階建て木造校舎。
鮮やかな赤味の外壁や建物中央にある大階段、舟底天井の長い廊下が特徴で2009年に歴史的建造物として、国の登録有形文化財に登録。
2019年には耐震工事を兼ねたリノベーションを行われ長井市の「学び」と「交流」の拠点としてオープンしています。
2024.1.20
旧殿居小学校維新分校(山口)
下関から長門方面への道すがら、ナビの誘導に騙され走った国道491号線(大型車通行不可とあったように山道が連続、いわゆる「酷道」)の途中、唯一救われた佇まいとの出会いでした。
昭和46年に閉校となった校舎で現在は清流館として地域の農業文化の継承の場として使用されているようです。
以下
本来は明治8年に明治新政府の教育振興政策の広まりにより杢路地(むくろじ)村野谷(のたに)に開智校舎を設置したのが始まりである。
その後幾度か名前を変え、昭和10年に殿居小学校維新分校として、この地に移転し、多くの農家師弟達の育成を担ってきた。昭和46年に統合廃校後「維新村塾」という名前で、青少年研修や農家による集落営農取組の場として利用されてきた。
と当地の解説板にありました。さすが維新の匂いが色濃く残る山口です。
山口県下関市豊田町大字杢路子1441-2
2023.09.13
空間に恋してー笠原小学校
昨年訪れた名護市役所に魅せられて興味を抱いた(株)象設計集団。
この会社の33年及ぶ全容を記した「空間に恋して LOVE WITH LOCUS 象設計集団のいろはカルタ」(2004年、工作舎)を手に、埼玉県宮代町の町立笠原小学校を尋ねてきました。
竣工は1982年、前年竣工の名護市役所とどこはかとなく雰囲気が似ていますね。
外観から「竜宮城のよう」と言われることもあるという同校には、全国から建築関係の方が見学に訪れるといいますが、今時の学校というのはなかなか部外者は事前連絡予約なしには入れませんが外からの写真です。
「場づくりは人づくり」というだけに同校の教育方針にも「はだし教育」など特徴があります。
同校を含め宮代町には小中一貫の須賀小学校、同学年同士でなく異なる学年年齢との集会、清掃、遊び、給食、遠足等の異年齢縦割りグループ活動を実践する百間小学校、木造建築やイチョウが特徴の東小学校など、子どもたちが誇りに思える小学校が4つあり、ここで詳しく紹介もされています。